夫婦関係の存続

私は以前、個人的な欲望を子育てへの強い力へ昇華させたときに、身をゆだねるようになったことについて述べた。

親になるのはもちろん大変なことだが、結婚生活で発生するにちがいない誠歩や妥協と比べたら楽なものだ。
子供に対する愛情は複雑ではなく、自然で純粋で無限である。
子供は私たちから生まれ、体つきも顔も似ていて、脚と同じように、自分自身の自然な延長なのだ。私たちは疑いも策略もなく、無条件に子供を愛する。

結婚の場合、愛や献身の度合いがどんなに深かろうと、相手は所詮「他人」だし、非常によく知っていると思っても、いつもどこかしら見知らぬ人のままだ。
私たちは血も遺伝子もちがえば、おそらく共通の関心さえ持ち合わせていない。
それなのに、私たちは出会い、結婚し、いまでは家や互いの家族、そして子供たちまで共有するようになった。
それが地獄になることは、ありうる。

結婚生活に身をゆだねる。それは、最も不思議でむずかしい、しかし重要な人間関係を成功させるには、
次々と押し寄せる悲しみや怒りを乗り越え、それを結婚という構造の一部として受け入れなくてはならない、と認識することだ。
あるひとつの明確な関係を結び、子供たちがしがみつく岩でいられるという深遠なる喜びが、結婚に伴うのも事実ではあるが。

結婚生活に身をゆだねる。それは、本当は悪意に満ちた暴言を吐きたい気分のときさえ、大きな心で相手を許さなくてはならない、という意味だ。
本でも読んでいたい、眠っていたい、と思うときでも、相手の背中をなでたり、逆になでてもらったりしなくてはならない。
夫婦関係を存続させなくてはならないし、それが死にかけたときには、生き返らせなくてはならないのだ。
私たちは現実に身をゆだね、夢物語をあきらめなくてはならない。

参考: